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菌糸体から子実体を成し 自我(エゴ)という胞子を基質中に撒き散らす考察
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ふと目を開けると、
上空には3冊の本が浮かんでいた。

「緑の本」「青の本」「黒い本」だ。

3冊の本は私が思考を巡らせるよりも早く
代わる代わるに言葉を投げかける。

『どれを選ぶ?』『どれにする?』『俺たちの中から1冊選べ!』

私としては、こんな訳の分からない連中とは
関わり合いにはなりたくないので
辺りを見回して逃走経路を確認してみたところ、
いつのまにか私の立っている所以外の足場は消えていて
底の見えない
何処までも果てしなく続いているかの様にさえ思える
断崖絶壁へと変わっていた。
(…いや、もしかすると本当に底がないのかも知れないが。)

こうなってしまっては他に選択肢などないので
私は胡散臭く思いながらも仕方が無しに
この3冊の中からどれか1冊を
消去法で選んでみることにした。

ありがちな三流ストーリーでは
こういう場合、「黒」を選んでしまうと
大抵ろくな目に遭わない。
…こいつはパスだ。

残るは「緑」と「青」の2冊だが、
どちらをパスしようか…。

『早く選べよ!』『このうすのろ!』『お前のかあちゃん、でーべそっ!』
痺れを切らした本たちは代わる代わるに私を罵る。

うざい。
これはうざい。
「早く選べよ!」や「このうすのろ!」なら
不本意で選ぶ羽目になったにせよ、
私が決断を下すのに時間が掛かっているのは
紛れもない事実であるから、
不快ではあるが、まだ許せる。

…だが、「お前のかーちゃん、でーべそっ!」はどうだ?
私の母がこの本たちに迷惑を掛けたのだろうか?
少なくとも今現在、この本たちに迷惑を掛けているのは
私の母ではなく私ではないのか?
どこから母の名前が出てきたんだ?
しかも母はでべそではない。
事実関係も歪んでいる。
筋や理屈の通らない低次元の悪口。
…君たち小学生ですか?

頭にきた私は、ポケットからライターを取り出して
この本たちを燃やしてやろうと思ったが、
よくよく考えてみると、ライターは昨日の晩
母に預けたっきりになっていた。

ちくしょう、ライターが有ったら
この忌々しい本どもを消し炭にしてやったのに…!
母ちゃんのばか、でべそ!

ライターが無いのであれば仕方が無い。
それならば、ぶんぶんと喧しい羽音で飛び回るこいつらを
手刀で叩き落してやろうかと思ったのだが、
現在の私の置かれた状況を今一度考えてみると
どう考えても私の方が
崖下に突き落されかねない危機的な状況である。
悔しいが、この状況を打破するまでは
こいつらには逆らわない方が良さそうだ。

…さて、「緑」と「青」
どちらを蹴落とすべきだろう。

そういえば昔、都市伝説か何かで
「赤いちゃんちゃんこ 青いちゃんちゃんこ」とかいう話があったな。
便所に入っていると扉の外から
「赤いちゃんちゃんこにするか?」「青いちゃんちゃんこにするか?」
とかいう謎の声が聞こえてきて、
「赤いちゃんちゃんこ」を選ぶと
腕を千切られて出血多量で死んでしまい、
「青いちゃんちゃんこ」を選ぶと
首を絞められて真っ青になって窒息死してしまうという。
…改めて考えると、何とも悪趣味な怪談だ。

この話を思い出したら
「青」もヤバイ様な気がしてきた。
…青い本もパスだな、これは。

『緑の本!!』
私はやや不機嫌な口調で言い放った。

すると「緑の本」は満面の笑みを浮かべ
『ご指名、誠に光栄で御座います。』と
さっきまでの横柄でふてぶてしい態度が想像できない程の
紳士的かつ丁寧な物腰で私に一礼をした。

一方で「青い本」は
がっくりと肩を落としながら灰になり、
「黒い本」はボロボロと大粒の涙を流しながら
谷底へと真っ逆さまに落ちていった。
…ふん、でべそ言った罰だ。

『それでは、目を閉じて下さい』
緑の本は、ぱらぱらと激しくページを捲りながら
私の耳元で囁いた。

他にこの状況から脱する手段の無い私は
言われるままに瞼を閉じる。

ぐにゃぐにゃと
今まで感じた事のない様な
不思議な感覚が身体を支配する。

鳥たちの囀り。
鼻腔から薫る澄んだ空気。
そして潤いを帯びる私のからだ。

目を開けると私は
大樹の根元に張り付いて
ただ、在るがままに
透き通る様な酸素を吐き出す「苔」になっていた。

ぱんぱかぱーーーんっ!!

けたたましいラッパの音を響かせて
緑の本が現れた。

『おめでとう御座います!
 これであなたは全ての因果を断ち切ったのです!
 全ての苦しみから解放されたのです!』

…ふざけんな。
さっさと元の身体に戻しやがれ!!

一瞬、そんな言葉が洩れそうになったのだが
不思議なことに私は自らの意思で
その言葉を飲み込んでいた。

確かにこの身体なら
生きて行く為に他の生物の命を奪う必要もなければ
お金を稼ぐ為に気に喰わないヤツに媚を売ったり、
頭を下げたりする必要もない。

ましてや、人を傷つけたり傷つけられたり
怨んだり怨まれたりも
このからだなら関係無いのだから。

…いいじゃないか、このからだ。

そうだ、私は今日から苔になるのだ。
何にも囚われる事無く、
ただ在るがままに存在し、
在るがままに思考を巡らせ酸素を吐き続ける。

素晴らしい。
私は苔になったのだ。
在るがままに、
大樹の根元で思考を巡らせ、
何の因果にも囚われずに酸素を吐き
地球を潤す、苔となったのだ!!


…ジリリリリィンっ!!


けたたましいベルの音に身体を起こせば
そこはまだ薄暗い部屋のベッドの中。
錆び付いた様な思考のまま
重たい瞼を擦って時計を見ると、
時刻は午前5時30分。

いつも通りの朝。
何一つ変わらない。

…今日も会社に遅れない様、
早めに朝ごはんを済ませるとするか。
気だるい気分のまま身体を起こし、
台所へ向かう。

冷蔵庫を開け食材を取り出し
いつも通りテレビの電源をつけ、
適当にチャンネルを変える。

…街の映像が映っていた。

高層ビルが建ち並び、
まだ早朝だと言うのにも関わらず
沢山の車と人が犇いている。

この街はビルも人も犇きながら
互いに高さを競っている。
排気ガスを吐き出しながら
大地を灰に染めながら
日々、豊かになってゆく。

私の会社が映った。

…こんな映像に見入っている暇はない。
時間が無い、早く準備を終わらせないと
会社に遅刻してしまう。

まな板の上で肉を切り分けながら
私は泣いていた。

いつもと変わらない朝。

でも何故だか、この日の朝だけは
涙が溢れて止まらなかったのだ。
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