ぴーちゃん

ぴーちゃん

ぴーちゃん。
ぼくのぴーちゃん。

ぼくのともだち。

でも、今日は
どこにも姿が見えないんだ。

だからぼくは部屋を出て
ぴーちゃんを探しに行ったよ。

長い長い
廊下の奧の反響音。

何かを叩く音。
叫び声や笑い声が
風のうねりと溶け合って
渾然一体となって押し寄せてくる。

その音が怖くって
いつもぼくは
毛布の中で震えながら
おひさまはやくのぼってください
おひさまはやくのぼってください…と、
只管その言葉を唱えるのだけれど
一向におつきさまが沈む気配は無く、
やがてぼくの意識は途絶え
ぴーちゃんの声で我に返るのだ。

でも、今日は
姿を見せてくれない。
お話ししてくれない。

だからぼくは部屋を出て
ぴーちゃんを探してる。

けれど、
やっぱり一人ぼっちは心細い。

反響音が怖くって
何度も何度も引き返そうかと思ったけれど
もしかすると、ぴーちゃんは怪我をしていて
この廊下の先で苦痛と心細さに震えながら
ぼくの助けを待っているのかもしれない。
そう思うと
不思議とぼくの足の震えは治まったんだ。

あれから
どれ程の突き当たりに出会い、
どれ程の左折と右折を繰り返したのだろう。
廊下の隅の一角に
おにいちゃんの部屋を見つけた。

ぼくは、
おにいちゃんが大嫌いだ。

いつもいつも無表情で冷たくて
1度だってぼくのことを撫でてくれた事がない。

今だって、ほら。

震えた声を張り上げながら
ぼくに暴力を振るう。

だからぼくは部屋を出て
ぴーちゃんを探しに行ったよ。

赤い赤い
廊下を包む反響音。
萎んだおにいちゃん。

何かが落ちる音。
叫び声や笑い声が
風のうねりと溶け合って
渾然一体となって押し寄せてくる。

あれから
どれ程の突き当たりに出会い、
どれ程の上昇と下降を繰り返したのだろう。
廊下の隅の一角に
おばあちゃんの部屋を見つけた。

ぼくは、
おばあちゃんが大好きだ。

いつもいつもにこやかで温かくて
1度だってぼくのことをぞんざいに扱ったりした事がない。

今だって、ほら。

優しい声を搾り出して
ぼくを抱き締めてくれる。

だからぼくはおばあちゃんに
ぴーちゃんの事を聞いてみたよ。

おばあちゃんは目を丸くして
まじまじとぼくを見つめた後、
諭すようにこう言った。

「ぴーちゃんはそこにいるよ。」

ぼくは辺りを見回すが
ぴーちゃんの姿はどこにもない。

「どこにもいないよ。」

そう問いかけても
おばあちゃんは
それ以上何も答えてはくれなかった。

だからぼくは部屋を出て
ぴーちゃんを探しに行ったよ。

長い長い
廊下の奧の反響音。

何かを叩く音。
叫び声や笑い声が
風のうねりと溶け合って
渾然一体となって押し寄せてくる。

その音が怖くって
いつの頃からかぼくは
廊下の隅の暗がりで
おひさまはやくのぼってください
おひさまはやくのぼってください…と、
只管その言葉を唱えるのだけれど
一向におつきさまが沈むことは無く、
やがてぼくの意識は途絶え
ぴーちゃんの声で我に返るのだ。

「ぴーちゃん？」

でも、今日も
姿を見せてくれない。
お話ししてくれない。

あれから
どれ程の信号に呑まれ、
どれ程の分解と結合を繰り返したのだろう。
ある日、廊下の隅の壁に取り付けられた
大きな大きな鏡を見つけた。

ぼくは鏡を覗き込む。

暗がりの中
鏡の中を覗くぼくは
鏡の奧にぼんやりと立ち尽くす
大きな鳥の影を見た。

鏡を覗いていたのは
ぼくではなく
ぴーちゃんだった。